碧いボール

接近

あの医師の話によると、お父さんといられる時間は限られているということで、あたしは芦田に言って、しばらく部活を休ませてもらうことにした。
中体連は近いけど、しょうがない。
もしものときは、あたしは中体連も棄権する。

あれから訳3ヶ月がたった。
あたしも無事に3年生になって、目指すは中体連のみになった。
お父さんは、あれから奇跡の回復力で自力で病気を克服し、闘病生活なんて短かった。
これで、あたしも気兼ねなくバスケができる。そう思うと嬉しかった。
でも、問題はまだあった。
お父さんが克服したのは肺炎だけ。
糖尿病は治っていないから、いつどうなるかなんてあたしにもわからない。
お父さんが退院する日、あの憎たらしい医師が満面の笑みでお父さんを見送っていたことにすごく驚いた。
後から知ったことだけど、あの医者は木下という先生で、とても優秀な人らしい。ただ、性格にちょっと問題ありなのは、院内でも有名だったらしい。
でも、あたしとけんかしてから、少し優しくなったって、看護師さんが言ってた。
なんだか憎めない性格で、お父さんとか、患者さんのことを思う気持ちは他の医者には負けないって、力をこめて話してた。
「お父さん、おはよう!」
「おはよう」
「また遅れちゃったよぉ」
「ははは。知ってるよ。ほら、早くごはん食べなさい」
「ごめんね、今日こそは作ろうと思ってたんだけど・・・」
「遅れるよ」
いつもの光景。もう見られないと思ってた、もう二度と無理だって思ってた光景。
それはお父さんも思ってたらしい奇跡。
こんな瞬間にも、お父さんは一命をとりとめたんだな、ってあらためて感じる。
「行ってきまぁす!」
「はいはい、気をつけるんだよ」

「有希!」
学校に入ったとたん、後ろから声がする。
今は一番聞きたくない声。あたしが惨めになるから嫌だ。
「杏・・・」
「どうしたの?暗いねぇ~」
誰のせいだよっ!いや、杏のせいではない。
ここで自慢とかしてきたら縁切ってたとこだけど、杏はそんなことしないで、心の底から同情してくれるから好き。
「杏~!あたし泣きたいよぉ~」
「もう泣いてるよ」
「え、うそっ」
「うそ」
あたしが杏に抱きついたのを見て、まわりが何か言ってるけど、別に気になんないし。
男どうしなら気持ち悪いけど、これは女子のスキンシップ。人間関係の確保。
「杏、あたしみじめでしょうがないよ。いずれ男子にも広まるだろうし、お父さんにも結果何も言ってないんだよ」
「いいじゃん。お父さんには、詳しいこと話さなくても。有希が話したいなら別だけどさ
あ、なかなかそんな気になれないじゃん」
やっぱり、こういうとこ杏だなぁ。
「あーあ。あたし、有希がいないなら選抜辞退しようかな」
「・・・皮肉ですか。嫌味ですか」
「え、そんなつもりで言ったんじゃないよ」
「わかってるって。じゃあね」
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