ケイヤク結婚
「今のは市販の解熱剤です」

「ん。わかった」

 俺は綾乃さんの返事にしてから、横になる。

「ちょっと、そこで寝ちゃ駄目です。さっき渉さんって人に聞いて、大輝さんの部屋に布団を敷いてきましたから」

「ああ。うん。わかった」

 俺はゆっくりと立ち上がると、眩暈で世界がぐらぐらする中、壁に手をつけて歩き出した。

 綾乃さんが、俺を支えてくれるのがわかる。

 冷たいことを言って、遠ざけた俺なのに。

 傷付いているはずなのに。こんな夜中に、俺の看病をしてくれるなんて。

「ごめん」と俺は呟いた。

「気にしないでください。今は元気になるのが先です」

 俺は自分の部屋に入ると、スーツを脱いで、布団に横になった。

「綾乃さんが嫌いで、冷たい態度をとったわけじゃないんだ。ただ……俺……」

 どうしたらいいのか、わからなくて。

 綾乃さんへの想いは、初めてのことで。俺自身、戸惑ってるんだ。

 冷たくしたくないのに、距離の置き方がわからない。

 優しくしたいのに、優しく出来ない。

 怖いんだ。親父と同じような道をたどってしまう気がして。

 だから……ごめん。

 俺に、時間をちょうだい。

 そしたらきっと、俺は綾乃さんを……。
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