ケイヤク結婚
―綾乃side―
「綾乃」

 店内に置いておくおやつの買い出しに行くために、店を出た私にスーツ姿の侑が声をかけてきた。

「侑? どうしてここに……。仕事は?」

 私は侑に問いかけながらも、返事を聞きたくなくて、速足で歩道を歩き始めた。

 侑も長い足を踏み出して、私の隣に並んでくる。

「今、外回り中なんだ。あいつが結婚なんて信じられない。綾乃、騙されてるんだ…あの男に」

「私は騙されてない。騙したのは侑のほうよ。私はそれでひどく傷ついた。その心を受け止めてくれたのが、大輝さんよ」

 侑が手を伸ばして、私の腰を掴んできた。

 大輝さんはきっちりと話してくれたもの。愛情は求めるなって。

 侑みたいに、変な期待や想いを抱かせておいて、ばっさりと切り捨てるようなことはしない。

 私たちは、お互いの求めるものが同じだったから、入籍をしただけ。

「ちょっと! やめて」

 私は足を止めると、侑の手の甲を叩いた。
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