ケイヤク結婚
 女物の口紅が唇につくなんて、今まで何をしていたんだか。婚約者の女にでも会いに行っていたのだろうか。

 何とも余裕のある態度だな。仕事中に、会いに行くなんて。

 俺には考えられない行為だ。

 俺は飲み干した缶コーヒーをゴミ箱へと放り込んだ。

「自分の部署に戻る前に、唇のグロスを落としたほうがいい」

 俺は新垣の横を通り過ぎる際に、口を開いた。

「ああ。これ? さっき出先で大学んときの元カノに偶然、会ってさ」

 新垣がわざとらしく親指で、唇についたグロスを拭う。

 意味ありげな行動に俺は足を止めると、横目で新垣を見つめた。

 大学の時の元カノ? それって、もしかして。

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