ケイヤク結婚
「やっ……」

「…んでだよっ!」

 侑が『ちっ』と舌打ちをすると、私の手首から手を離した。

「そんなに夏木がいいのかよ」

 独り言を吐き出した侑が、枕を引っ掴んで壁に投げつけた。

私の上から退いた侑は、乱れた髪を掻きあげると、顔を両手で覆った。

「なんで俺じゃないんだよ。ちくしょ!」

 私は淫らにまくれ上がったワンピースドレスの裾を正すと上半身を起こした。

「夏木には、付き合ってる女がいるんだぞ。俺なら、綾乃だけを愛するのに……」

 侑が、ふうっと長い息を吐き出した。

 私はベッドから降りると、壁に背をくっつけて立った。

 背中を丸めて、端正な顔を覆っている侑がもの凄く小さく見えた。

「侑にはわからない」

 私の気持ちなんて……一生。

 もっと前に、侑が私だけを愛するって言ってくれたら、違ったかもしれない。

 侑の胸に飛び込んでいたかもしれない。

 でも、今の私には無理。侑の胸には、もう飛び込めない。飛び込みたいとも思わない。

 私は侑以外の人と、人生を歩む決意をしたんだから。

 私はぐっと顔をあげると、侑を視界から外した。

 戻ろう。パーティ会場へ。

 戻ろう。大輝さんの隣へ。
< 94 / 115 >

この作品をシェア

pagetop