君のための嘘
夏帆はまた孤児院の事を思い出してしまった。


捨てられた時に持たされていた箱根の寄木細工の小さな箱。


大事にしていたのに、ある時それは忽然と無くなっていた。


院長先生は一生懸命探してくれたけれど、結局は出てこなかった。


アメリカにいる時はほとんど思い出さなかったのに、日本に来てからやたらと思いだしそのたびに胸が痛くなる。


「夏帆ちゃん?」


苦痛に顔を歪めた夏帆の頬が濡れているのを見てラルフは驚いた。


「どうしたんだい? どこか痛い?」


イスから立ち上がり夏帆の横に来ると聞いた。


夏帆はゆっくり首を横に振った。


「昔を思い出したら悲しくなって……ごめんなさい。大丈夫」


ラルフの手が髪に触れ、何回か撫でられる。


「箱根に行こうか。あそこだったら旅館がいいよ。情緒があるからね」


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