君のための嘘
窓の外に緑や小さな家が見え、旅客機が旋回し翼を広げた時、夏帆は決心した。


こんな結婚出来ない。


全く知らない男性と結婚するなんて無理だと。


ふと、手元のキャメル色の革のバッグを見て思わず、深いため息が漏れる。


手元のバッグの中にあるのは10万円しかない事に気づいたせいだ。


霧生家がすべて面倒を見てくれるのだからと、クレジットカードも置いてくる羽目になった。


これしかないとなると、極力安いホテルを探して、早急に仕事を見つけるしかないと考えた。


自分にどんな仕事が出来るのだろうか、日本の就職事情に詳しくない夏帆に不安が広がっていく。


到着ロビーには秘書が待っていると知らされていた。ファーストクラスのチケットも霧生家から送られてきたものだった。


婚約者がアメリカから来るのに、貴仁氏本人ではなく秘書なのかと、心の中で腹を立てる。


となれば、自分の容姿を秘書は聞いているに違いない。他人を装って逃げるのであれば、特徴あるこのストレートの長い髪ではばれてしまう。


夏帆は髪をスカーフで束ねると、たまたま家を出る時にかぶっていたキャスケット帽の中に無理やり押し込んだ。


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