マリア
「彼からどこまで聞いたの?」
 ベッドに静かに座り、徳二郎が言った。今の徳二郎はいつもと変わらない。どこか具合が悪い様子など微塵もなかった。
「彼は、直接徳二郎に聞けって。結局この場所を教えてくれただけで帰ったわ。そしてさっきここで会った」
 徳二郎はそれを聞いて少し考えたように下を向いた。だがすぐに顔を上げ、マリアの手を握り、真っ直ぐ見つめる。その真剣な表情を見て、いったい徳二郎は何を言うのか。聞きたくない。マリアは逃げ出したかった。
 そんなマリアの様子を見て、徳二郎が頭を撫でる。そのときの徳二郎は、なぜかとても大人びた表情をしているように感じた。
「マリア、窓際の棚にのっている写真、取ってくれる?」
 徳二郎に言われ、マリアは窓際に行く。窓が少し開いていて、カーテンが微かにそよいでいる。棚の上に一つ、写真立てが飾ってあった。「持ってきて」と、徳二郎が呼ぶ。マリアは写真立てを手に取り、徳二郎に渡した。
「僕がどれだか、わかる?」
 徳二郎がマリアに写真を見せる。写真を見ると、白衣を着た青年が五人写っている。よく見ると、左側で肩を組んでる二人以外は、外人だ。皆若く、学生のようでもある。左側で肩を組んでいる日本人の片方が徳二郎だった。「これ?」とマリアが写真を指さすと、徳二郎はにっこり笑って頷く。
「じゃあ、隣にいるのは誰だかわかる?」
 徳二郎のの問いに、もう一度マリアは写真を見た。徳二郎の隣にいるもうひとりの日本人の青年。なぜか見覚えがある。ごく最近会ったような気もするし、全く知らないような気もした。すると、徳二郎の口から意外な名前が出てきた。
< 25 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop