マリア
 煙草の芯が指先に感じ、マリアは灰皿に煙草を押し付けた。途端、その奥の暗がりからぬっと手が現れ、煙草を持ったマリアの手首を掴んだ。
「!」
 ビックリして声が出そうになった瞬間、もう一方の手で前から口を塞がれ、壁に押し付けられる。落ちた煙草が“ジジジ”と小さく鳴った。
 触れられた手で、誰だかすぐにわかった。ピリピリと、まるで電流が流れてくるようなこの感じ……さっきの客。ショーの時にマリアに触れた男だった。先ほどは、暗い会場でよく顔が見えなかったが、今は目と鼻の先に男の顔が見える。“男”というよりは、少し幼さが残る青年であった。深く、落ち着いた漆黒の瞳。鼻筋の通った下には、魅力的な唇が少し開いていた。そこから静かな吐息が聞こえる。マリアは、声を出すのも忘れ、自分の瞳に映る美しい獣に捕らわれていた。
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