リアル
「貴女も同じじゃねぇの?」
男はそう言って冷たい瞳を薫に向けてきた。
「何故?」
男の口調は突然変わったように思えた。
今まではどちらかというと、穏やかで柔らかい印象を含んでいたが、今はそれとは違う。
何処か冷めた、感情を感じさせないものだ。
「気を付けたほうがいい。お隣さん、相当お喋りだぜ」
男はアパートの二階部分を見上げた。
薫の隣に住むのは中年の女性だ。
離婚したらしく、一人で、誰かが訪ねてくるようなことはない、太った女だ。
「俺、越してきて二週間なんだけど、此処の住人のこと全部知ってる。俺の隣の田村さんは女房に逃げられタクシー運転手で、その隣は介護の仕事をしてる地味な女。あんたの隣は派手なキャバ嬢で借金が凄い」
薫は此処に住んで六年半になるが、そんなことは一つも知らなかった。
「で、あんたは元刑事で、恋人がよく出入りしてる。刑事を辞めた理由は犯人を逆恨みしたから」
男は喋りながら、薫を指差した。
「合ってるのは元刑事、てとこだけよ」
薫は言いながら、ポケットから手を抜いた。
隣の女がどういった経緯で情報を仕入れたから分からないが、全て当たりではない。
だが、この男が怪しい者でないと分かるには十分な話だ。
「で、それで私が何故犯人を探してるって?」
それだけの話ではそう思うには足りない。
「それは勘だよ。現場を見る目でそう思っただけ」
男は軽く肩を竦めた。
「そう。でも、力にはなれないわ。今はただの一般人だから」
薫はそれだけ言い、男の前から立ち去った。
あの男は何故、犯人を探しているのだろう。
ドアノブに手を掛けた瞬間、その疑問が浮かんだ。
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