∮ファースト・ラブ∮

「久遠……わたし……あなたに言わなきゃいけないことがあるの」


ああ。

知っている。


ぼくは何も言わず、去っていった尚吾から香織へと視線を移した。



「久遠。

わたし……あなたがずっと好きだったの。

あなたにはもう、他に好きになった人がいることは知っているわ。


だけど……」



今までの気持ちを清算させて、新たな道へ……。



それが香織なりの尚吾と……そしてぼくとの決別の意思なのだろう。



香織は知っている。

ぼくの心はもう、香織のところにいないことを。


ぼくの心には、香織ではない、他の女性が映っていることを。



だって、こうやって香織を包んでいても、何の感情も生まれてこないのだから。



手鞠ちゃんといたときのような、あたたかく、そして奪いたいという強い感情は生まれてこない。





「ごめん。

ぼくには、君の気持ちに応えることはできない」




「――ええ。

そうね。


久遠……今まで……ありがとう。


そして――――さようなら……」


うつむく香織は強くなった。


今までなら泣いて縋(すが)ってきていたものを、今は涙も流さず、ぼくから離れようとしている。


――壁にぶつかって……悲しんで、泣いて……。


こうやって、人間は強く生きていくんだと、ぼくは思った。










――この日を境に……ぼく達は決別を果たした。


< 200 / 278 >

この作品をシェア

pagetop