∮ファースト・ラブ∮
「久遠……わたし……あなたに言わなきゃいけないことがあるの」
ああ。
知っている。
ぼくは何も言わず、去っていった尚吾から香織へと視線を移した。
「久遠。
わたし……あなたがずっと好きだったの。
あなたにはもう、他に好きになった人がいることは知っているわ。
だけど……」
今までの気持ちを清算させて、新たな道へ……。
それが香織なりの尚吾と……そしてぼくとの決別の意思なのだろう。
香織は知っている。
ぼくの心はもう、香織のところにいないことを。
ぼくの心には、香織ではない、他の女性が映っていることを。
だって、こうやって香織を包んでいても、何の感情も生まれてこないのだから。
手鞠ちゃんといたときのような、あたたかく、そして奪いたいという強い感情は生まれてこない。
「ごめん。
ぼくには、君の気持ちに応えることはできない」
「――ええ。
そうね。
久遠……今まで……ありがとう。
そして――――さようなら……」
うつむく香織は強くなった。
今までなら泣いて縋(すが)ってきていたものを、今は涙も流さず、ぼくから離れようとしている。
――壁にぶつかって……悲しんで、泣いて……。
こうやって、人間は強く生きていくんだと、ぼくは思った。
――この日を境に……ぼく達は決別を果たした。