猫の飼われ方
「君が橋口さんのとこの昌美か……」

スーツの話題なのでスーツに着目していたが、きっと俺みたいな一般人では一生手に入れられないハイブランドの品だろう。
初対面のくせに呼び捨てにしてきて、不愉快になった。


「スーツは弁償します。その……すぐには返せませんけど必ず。」

今の莫大な借金返済でギリギリだから、分かってもらいたい。


「無理だろう。今の返済ペースじゃ体を壊して、自己破産だ。」

何故、俺の借金を知った口ぶりなのか気になったが、男の言葉に否定は出来なかった。


「……じゃあ、すぐにでも借りてそれで返します。」


「そしてまた、借金を重ねるのか。」


「じゃあ、どうしろって言うんですか。あんたなんなんだよ!」

今まで我慢してきたものが、ここで爆発していた。


「借金は昌美ごと買い取った。」

俺は最初、理解出来ずに、男が引き出しから出した紙をまじまじと見詰める。


そこには確かに誓約書と書かれていて、父さんの署名と捺印で長い文面の中に中之島理一に橋口昌美を譲渡すると書かれていた。


「こんなの……、冗談だろう。」

洒落か何かの間違いに決まってる。


「昌美の借金を俺が全額清算したのは事実だ。」


「俺が頼んだか!」


「つい数ヶ月前に、昌美の父親から頼まれた。昌美の父親と俺の父親は盟友だったからな……昌美は許嫁で女と聞かされていた。」

父さんに限って、そんなことするはずない。


「許嫁って……」

平凡なサラリーマンの家庭だぞ無理がある。


「こちらも結婚する気は無かったから、難癖つけて婚約破棄する予定だった。」

最低……女に生まれなくて、良かった。


「……俺だって、見ず知らずの男の許嫁なんて女だったらお断りだよ。金だって余計なお世話だ。自分で働いて返す!」

自分でそうは言ったものの、返す当ては自分の労働力以外はない。


「そのつもりで払ったからな。闇金や金融から莫大な利子を背負うより、こっちに払っていく方が合理的だろう。ついでに家賃滞納して荷物を大家に放り出されていたから、それもここに移動した。
俺が買い取ったんだから、その分の価値は見出だしてくれよ。」

つまり、俺は莫大な借金を清算される代わりに買われたってことなのか……


「そんなによくして貰う理由がまだわからないんだけど……」

勝手だし、人格も疑うけど冷静に考えたら俺にとっては借金返済の好機だ。


「理由なんて、ペットが一匹買いたかったからだ。」

その、嫌みなくらい均整のとれた顔が僅かに歪んだと同時に俺は殺意を覚えた。
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