フェードアウト

心配事は他にもあった。

1人でバスや電車に乗るのが苦手になってしまったのだ。


お医者さん曰く、精神的なものらしい。

駅では、切符売場の前でどこまでの切符を買えばいいのかわからなくなってしまう。

それをクリアしても、次は電子掲示板でどの電車に乗ればいいのかわからなくなる。

一種のパニック状態で、焦れば焦るほど、頭が真っ白になってしまう。

なんとか乗れたとしても、狭い箱の中に閉じ込められた圧迫感と、常に人に見られているような緊張感で、息がしにくくなり、家に帰ると疲れで寝込んでしまうのだった。


それでも、週に1度は1人で通院できるようになった。

バスで終点まで。

路線は1本だから間違えようがないし、予め回数券を買っておけば安心だった。

美容院や買い物に出掛けるときは、母かすでに家を出ている姉が付き添ってくれた。


薫には会ってみたかった。

だけど、ネットで知り合った人に会うのはやっぱり不安だった。

母や姉に付き添ってもらうわけにもいかないし、1人で行けるとも思えなかった。


考えた末に、結局断ることになった。

「また誘うよ」

薫はそう言ったけど、次の機会が訪れることはなかった。


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