フェードアウト
今の私には、薫が言ったことがわかる。
先日、6ヶ月の娘をベビーカーに乗せて散歩に出かけた。
家ではぐずってばかりの娘が、ベビーカーで揺られると機嫌よく眠ってくれるので、何もない田舎の道を、1時間も2時間もかけて散歩するのが日課なのだ。
いつも同じ道じゃ面白みがないので、通ったことのない道を選んでよく散策していた。
その日は天気もよく、調子にのって少し遠くまで来過ぎてしまった。
後悔していた矢先に、道沿いの民家から、ベビーカーを押した女性が出てきた。
車が主流のこの辺りでは、ベビーカーを押した人となかなか出会えないので、話しかけて少し立ち話をした。
その別れ際、「ではまたお会いしましょう」と自然に言葉が出ていたのだ。
別れがたいという思いが、私にそう口走らせたのだ。
薫を思い出した。
薫があのとき言いたかったのは、こういうことだったんだとやっと理解した。
会いたいと思ってもらえていたのだ。
私は。
薫に。
あれほど忌み嫌っていた社交辞令が、突然切なくも美しいものに感じられた。
本当は私も会いたかった。
薫に会いたかったのだ。