3つのナイトメアー
今まで何を迷っていたんだろう。こんな近くに安らぎの場所があったというの
に。今ならまだ間に合う。一刻も早く夫の元に戻らないと。
恭子は身を翻して、チカチカと信号が青く点滅する横断歩道を渡ろうとし
た。彼女が、強引に左折してきた一台のトラックに気がついた時は、全身をボ
ンネットにはねあげられ、ふわりと宙を舞っていた。
夕闇のせまる、固く冷たいアスファルトに叩きつけられた後も、血に染まっ
た恭子の手は、必死に前へ前へと這いだしていた。
真壁恭子は、今から四十年前、平成に入るかなり前の昭和の頃、東京の目黒
区で生まれた。両親は、大学時代からの恋人同士で、母の美保子は恭子を身籠
った時点で、勤めていた洋書をメインとした中堅の出版社を退職して正式に結
婚して家庭に入った。大手の出版