シンデレラに玻璃の星冠をⅠ
 
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慌てた煌が箱ティッシュを持ってきて、あたしの鼻には豪快な"つっぺ"が出来上がる。


本当に煌の"つっぺ"は情け容赦ない。


本当に煌は、あたしが好きなんだろうか。


だけどその手当が必死だから、文句はいえない。


そんな時、ふにゃふにゃと情けないくらい煌の顔が弛んできて。


そしてまたきりりと戻り、またふにゃふにゃ…を数回繰り返す。


不気味ったらありゃしない。


「一体何?」


顰めっ面をしたものの、何とも情けない鼻声出して聞いてみたら、


「いや…お前が、俺で鼻血…ふふふふ…」


ワンコの思考はやはりよく判らない。


人の不幸を笑いやがって。


とりあえず奇妙なワンコを無視することにして、鼻にふさふさのティッシュを詰めたまま、ベッドから起きて部屋を観察してみることにした。


カーテンに仕切られているとはいえ、ベットしかない…狭い空間で煌と2人でいれば、いつ調子を戻して発情犬となるか判らない。


それくらいの元気があればいい…とも思うけれど、貞操の危機に陥るのだけはごめんだ。



「な、何此処…保健室!!?」


見るからに豪奢な空間で。


神崎家より新しい大型テレビの前には、ワイン色に磨かれた重厚なテーブルと革張りのソファ。


続き間には、小さいけれど機能的なキッチンや冷蔵庫、食器棚もある。


ないのはバスルームくらいで、トイレも完備。


あたし達が今まで寝ていたベッドを覆う萌葱色のカーテンだけが、保健室を彷彿させるけれど、それ以外は完全民家だ。


しかもあれこれ覗いて見れば、至る処『翠くん専用』と札がある。


カップもスプーンも。冷蔵庫の中の果物も、戸棚のお菓子も。


殆どが『翠くん専用』。


それならいっそ、この部屋自体、朱貴から小猿くんへ管理を移した方がいいんじゃないかと思う程。


どれだけ溺愛しているんだ、小猿くんを。

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