シンデレラに玻璃の星冠をⅠ
 
あたし達は、念仏のように…ぶつぶつと公式を唱えながら、桐夏の門を潜る。


基本桐夏は週休二日。


土曜日くらい休みにしてくれればいいのにと思う反面、貴重な休みを割いてまで"追試"扱いにしてくれる数学教師が、意外に好きだったりする。


時に名前を平仮名で書いたくらいで、0.5点も減点するような意地悪さもあるけれど。


ちょっと小さくて、ちょっと太っていて、ちょっと禿げていて。


男の癖に声がか細くて、黒板の字は象形文字のようで。


桐夏では地味で目立たないセンセだけれど、目立ってばかりいるあたしの周囲を思えば、何故かほっとする。


ほっとすればアルファ波が出やすいのだ。


そう…だからそれでなくとも不得意教科である数学は、授業を受けたという満足感がなく、癒しの睡眠時間としてしか思えないのだけれど。


追試はあたしの他にも数名いて、可もなく不可もなく無難に終えた。


いやいや。


櫂の紙があればこそ、赤点は免れたに違いない。


あいつの読みはいつも正しいから、今回も例外ではなかった。

煌もそうだったらしい。


「あたし本当にいい幼馴染を持ったよ」


そう満面の笑みで煌に言うと、


「て、照れるじゃんかよ…」


奴は両手人差し指をつつきながら、真っ赤になった。


何か勘違いしているけれど、それはそれで本当の事だし…あえて否定はしないでおいた方がいいだろう。


2人で帰り支度して、職員室を通り過ぎると――


「失礼しました~」


1人の背広姿の男が、職員室から出てきた処で、あたしとぶつかった。


「あ、ごめんなさい…」


ぼさぼさ頭の長めの髪。

今時それはないだろうという、丸い黒縁眼鏡。

長い前髪が、分厚い瓶底レンズの半分を覆っている。

よれよれの背広。

解(ほつ)れた袖。


誰だろう、この人。
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