シンデレラに玻璃の星冠をⅠ
朱貴は、七瀬を抱き上げたまま、理事長室から退室しようとする。
「何処へ行く? 此処の部屋で治療した方が安全なんじゃないか? 此処は…」
氷皇領域だと続けようとした櫂に、朱貴は憮然たる口調で言った。
「俺の治療は、誰にも見せたくない。何より…あんな男の部屋で、治療に専念など出来やしない」
それは、憎しみのようにも思える語気の荒さがあって。
まあ…"あんな男"呼ばわりする気持ちは、判らなくもねえけれど。
氷皇とどんな関わりがあるというのだろう。
「……隣室にいる。いいか、覘くなよ。気が散れば…それだけ紫茉の回復が遅くなる。遅くなればなるほど、紫堂玲が危険になる」
「……朱貴」
櫂が、押し殺したような声を出した。
「彼女を…また潜らせるのか?」
それは躊躇いにも似た質問で。
「あの領域にすぐ行き着けるのは、紫茉だけだ。少しでも早く助けたいんだろう、紫堂玲を…」
「……」
櫂は煩悶したような表情をして、俯いた。
握られた拳の力の入れ具合みれば、どれだけ玲を助けたいのかがよく判る。
どれだけ七瀬に…縋りたいのかが判る。
「助けたいのなら…邪魔するな」
朱貴は、そして理事長室から出て行った。
隣室…って、何の部屋なんだ?
外から行くということは…氷皇の領域でもねえだろうし。
「学園長室だよ」
小猿が言った。
「どうしてイボガエルの部屋を、朱貴が自由に使えるんだ?」
「さあ…」
小猿は首を傾げた。
本当に朱貴は謎だらけの男だ。