闇の天使~月夜の天使・番外編
「紫貴・・・」


紫貴は自分の頬の涙を手の甲で拭うと、


「これが、涙か」


と言って、私の唇に人差し指を押し付けた。


「今の言葉はこれ以上言うな。月は決して許しはしないだろう」


紫貴の瞳からはもう既に涙は流れていなかった。


紫貴は私から離れると、割れたカップを拾い出した。


「いずみ、今まで君といて楽しかった。だが、それも今日で終わりだ」


「紫貴、なぜなの!?あなたが消えるなんてそんなことあるわけないじゃない!」


紫貴はゆっくりと立ち上がると、割れた破片の一つを自分の指に押し付ける。


「紫貴!?」


そこからは鮮血が流れ出す・・・はずだった。


強く押し付けられた破片の跡からは何も流れず、その跡さえもゆっくりと元に戻っていく。


「オレは月との契約を破った。オレはもうこの世界にはいられないだろう。月へ還る時がきたんだ。血も流れないのが、その証拠だ」


「契約を破ったって?何を破ったっていうの?」


紫貴は足音も立てずにゆっくりと私へ向かって歩いてきた。


立ち止まると、私の腕を引き寄せ両手で私の頬を覆った。


その大きな手で私の顔が真上に向けさせられたと同時に、私は紫貴の冷たい体温を感じた。


紫貴の冷たい唇が私の唇の温もりを奪う。


初めて触れたその唇から、深い闇と孤独と、


そして、情熱と愛を感じた。


紫貴だ。


これがほんとうの紫貴なんだ。


私の冷たくなった唇が彼の深い心の闇と愛に触れる。


紫貴はゆっくりと唇を離すと、紫の瞳で私をじっと見つめた。


「オレは神子以上に護りたい人ができた。それは契約違反だ。オレは月へ還る覚悟はできている」

< 15 / 20 >

この作品をシェア

pagetop