桜風 〜春の雪〜
夢の中とは全く正反対の……

醜い塊が蠢きあうこの世界で…


あたしは腫れぼったい目を

出来るだけ大きく開けて
春雪に微笑んだ……。


「なんだよ…目凄いことになってるし。」


彼は少しほっとしたように…

そして…切なげに……

うっすらと笑みを浮かべた。



あたしの…オアシス


昨晩…

あの忌まわしい場所に、一人残されたあたしに春雪は何も言わずに


そっと………

上着を掛けて

それから…

膝を貸してくれたんだ…。



優しく髪に触れてくる

彼の温度を感じながら……

いつの間にか眠ってしまったんだろう…



唯一、あたし達に光を届けていた月は

太陽の眩い光に完全に制圧されて…


朝の光が

あたし達を

眩しいくらいに照らし出している――




「昨日は……
ありがとね…。」


やっと、頭を持ち上げたあたしの、途切れ途切れの言葉に


彼は…

そっぽを向いて

首を縦に動かして答える…。



「なにも…
聞かなくていいの…?」


「別に…俺は信じてるからさ…。花梨は汚いこと平気で出来る人間じゃねぇ。」



春雪の声が……

枯れた心に……じんわりと伝わっていく………




やっぱり…

何があったのか…


見てたんだよね…?


「あたし…そんな立派じゃないよ?あたし…あたし…。」


泣くのはずるいと思って、あたしは目頭にぐっと力を込めて顔をゆがめた…


「一つだけ聞いていい…?アイツのこと…まだ好きなの??」



泣き出しそうになったあたしを

優しい手の動きで封じ込めると

春雪は……

ポンポンって、まるで子供をあやすみたいにあたしの感覚を刺激する……

心臓と同じ早さで……

あたしに伝わる、春雪の優しさ……。


優しくしないで…。

悪いのはあたしなんだから…。




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