桜風 〜春の雪〜

……あれから

どのくらいの時間が流れたんだろう――

見上げた空には、傾き始めた太陽が、雲に遮られながら、見え隠れしていた――。


あたしは、春雪に促されて、裏庭にある小さなベンチに腰掛けている。


「これって、桜の木?」

すぐ側に

ずっしりと根を下ろす

大きな木を見上げた。



「もっと早かったら、綺麗だっただろうな…。」

彼も同じ方向を見上げて微笑む…。


季節の終わった桜も

あたしは…嫌いじゃない。

夏に向けて小さくて柔らかい新芽を育てる

その木は…

何度も、緑の深い香りを風に乗せて運んでくれていた。


この場所は、大好きな学校の裏庭と似ていて、あたしの心は静かに瞳を閉じた…。


何となくだけど…

春雪もあの場所を思い出しているような気がした…。


「…初めて、花梨のことを見たのは――
桜の下だったんだ。
俺は……



「……あ…の…」


春雪の突然の言葉に、あたしは…無意識に声を張り上げて言葉を止めた…。

戸惑いを隠せない、春雪の苦笑い…。

「あ〜。ゴメン。そろそろ…戻ろっか?」


「せっかくの自由行動…無駄にさせちゃってごめんね。」


「いいって!俺ってインドア派だし?早く戻んねえと、バスに置いてかれちゃうぞ!」


彼は優しく…寂しい微笑みを広げながら、腕時計を翳した。


「すぐ行くから…先行ってて?」


小さく頷いて、ポンって軽くあたしの頭を撫でるように触ると

春雪は…

あたしの隣から席を立って、来た道を戻っていった……。


少しずつ…

小さくなる…

後ろ姿が――――

少し寂しげに揺れる。


さっきの言葉の続きっていい話だったかな?

ごめんね…

今は…

聞けない気がしたの。

あたしには……春雪いるけど……

アユミは……今きっと一人でいるから……



"大好きだよ"


愛しい後ろ姿が消える前に

あたしは…

この木にしか聞こえない
小さな声で

そっと……

思いを口にした。





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