茜色の太陽
気が付けば、引き寄せられるかのように足は其処に向かっておりました。
いえ、血が騒いだのです。
お前の大好きなものが其処にはある、と。

広がる赤い花。
そこには、一緒に封じられていたあの方の香が残されていました。
あの方は人間を殺すことを酷く悲しんでおりました。
必ず分かり合えるはず、そう言っては何度も涙を流されておりました。
わたしには、あの方のその気持ちだけが理解できずにいて何度も首を傾げた記憶があります。
そんな方が人間を手にかけ、そのうえ喰らっているようでした。
事情は何も知りません。
あの方は、やはり人間を愛しているだろう其処だけは揺るぎのない確信でした。
だからこそ、目の前の光景はやはり異質でした。
わたしは自ずと残った肉へと貪りつきました。
嗚呼、これで餓えは解消される。
問題は、これからどうするか――――――。
問題は、これから生きるべきなのか―――――。

わたしたち鬼には人間にはない不思議な力がありました。
その力は言霊による暗示です。
言葉には力が宿っています。
わたしたち鬼は他の種族よりも、それを形にすることが上手でした。
けれど、わたしは暗示は苦手です。
"赤"いわたしは、暗示はそもそも苦手でした。
だからこそ、わたしは人間を引き裂くことを覚えました。
暗示をかけることよりも、わたしはその手で肉を屠ることの方がずっと得意なのです。

けれども、人間の社会で生きていくにはそれは大変不便な力であり。
そもそも人間の社会で生きていかなければならない今の状況に虫唾は走りますが。

それでも、わたしは人間として姿を隠して生きていくことを選択しました。
心の何処かで何かを期待していたのかもしれません。
苦手な暗示ではありますが、この里の人間を騙すことがぐらいはできるでしょう。
明朝、わたしはよそ者として里に姿を現すことになります。
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