蝶が見る夢



信じられない。
信じられないと思っていながら、私は彼の顔を見るなり、その名前を口に出していた。


『…え…?』


声にならない空気のような声が、唇から漏れたのを確かに耳にした。
ジーンズにTシャツ、そこにじゃらりとしな垂れるように沢山のネックレス
あ、うちのブランドの製品じゃん…なんて不意に気付く。


『……なん、なん…で……!?』


私が二言目を紡ぐ前に、目の前の男性はあんぐりと開いた口を小さく動かして、そう言った。
ここは歌舞伎町の外れにある、小さなバー。
最近入社した愛美から、なかなかいいお店だと勧められた店だ。
初めは仕事帰りに愛美と一緒に、2度目は休みの日に一人で、3度目はこうして素性の分からない男との逢瀬の場として使っている。
愛美のお勧めというだけあり、成る程、雑多なこの街には少しばかり似つかわしくない小洒落た内装。
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