蝶が見る夢


『…案外、単純なものでしたよ。ポジティブな感情って。簡単に言えばとっても凹んでた時期に、威風堂々とステージ上で演説していた先輩に心打たれたんです。こんなにきらきらしい人が世の中にいるんだったら、まだまだ私も頑張れるかなあってね』


傷の絶えない手首に、死後しか仮定できない思考。
意味を見出だせない学校生活に見付けた希望は、本当に奇跡としか思えない。
この人のように在りたいという欲望が、死ぬことしか考えていない脳のどこからか沸いてしまった。
強く、気高く、逞しく在りたい、と。
きっと、そこまでは私は今後も一切語らない。
先輩に限らず、誰にも。
だけど今目の前にいる男の人は、その少年と同じだと言うのに、寸分違わないのは、幼さの残る顔立ちだけだ。


『…よく分からんけど、見た目に寄らず苦労してたんだな』


先輩は恐らく、私の腕にまで跨がる手首の傷跡に気付いていた。
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