恋心屋
「あっ、その本…」
一瞬驚いた表情をミホは浮かべたが、すぐに和らいだ口調で、
「そっか、ついに裕太くんもその本かぁ」
と独り言のようにつぶやいている。
「長井は読んだことあるの? 僕はまだ読んでなくて」
ミホに対して「僕」と使い出したのは、いつからだろう。
「うん、家にもあるの。年に何回かは読み直しをするかな。うまく説明できないんだけど、心に穴が空くって感じかな」
「それっておもしろいの?」
「裕太くんのおもしろいの基準はわからないけど、すべての人が読んでおもしろいとは言わないとおもう。でも、私は読んでよかったっておもえるな」
「そっか。じゃあ、期待しながら読む」
それから別れようとしたが、その日はいつもと違っていて、なんだかミホと帰りたくなった。
「長井、もう帰る?」
「うん、帰るけど、どうかした?」
「たまには、帰らない? 帰り道は一緒だし」