メニューのないレストラン
店員は、コートとマフラーフラーを預かると横にあったポールスタンドに掛けた。
「では、こちらへどうぞ」
言われるがまま後をついて行くと、窓際の席に案内される。店員が、引いた椅子に座りながら、窓から差し込むイルミネーションに、彼女は目を細めた。
「とても良い席ですね」
「喜んで頂けて光栄です」
その受け答えに彼女は微笑んで、テーブルの、メニューがあるだろう場所に目を向けるがそれはない。テーブルの隅には調味料の小瓶ふたつと呼鈴、真ん中には邪魔にならないように茎が短く切られたラベンダーの花瓶があるだけだった。
「……あの、このお店には、メニューは無いんですか?」
「はい。当店は、基本的にメニューの無いレストランでございます。お客様が、いまこの時、お召し上がりになりたいと思う料理をご注文下さい。もしそれが無いのであれば、既存のメニューを持ってまいります」
「今、食べたいもの……そうですね。母が風邪の時に作ってくれた玉子のお粥でしょうか……」
視線を左下に寄せて、考えるように彼女は答えた。
「玉子のお粥ですね。かしこまりました」
店員は復唱し、オーダーを伝票に書くと奥に消えた。