トツキトオカ
数分後、名前を呼ばれ診察室に入ると白衣を着た若くも無く年寄りでも無い医者がおはようございます、と感じ良く私に挨拶をした。

受付の写真の方が数段若く見えたが、何とも安心感のある雰囲気の先生だ。

赤い鼻をしているので、私は瞬時に心の中で「トナカイ先生」と命名した。

私はカーテンで仕切られた隣の部屋に案内され、診察台の上に上がった。

力を脱いて、と言われるがどうしても力が入ってしまう。

ふう、と大きく息を吐いて診察台の横のモニターを見ると、私の子宮が黒々と映し出されている。

「これが赤ちゃんの入っている袋ですね」と豆粒のような白い袋を差してトナカイ先生は言った。

ほお・・。

豆袋にしか見えないのに何とも不思議。

再び診察室に戻ると、トナカイ先生は先ほどのエコー写真を手渡してくれた。

あっ、妊婦って感じ!と少し顔がニヤけてしまう。

2週間後にまた来て下さいと言われ、予約を取り病院を後にした。

帰りの車の中でもらったエコー写真を見つめながら考える。

妊娠5週。

今日は赤ちゃんの袋「胎嚢」が確認できただけで、医療的にはまだ「懐妊」とは言わないらしい。

確かにトナカイ先生もおめでとうとは言わなかった。

妊娠2ヶ月で医師が「オメデタですよ」と言うのは、どうやらドラマの中だけの話だったようだ。

ドラマの中の話と言えば、よくあるシーンがもう一つ。

急に気分が悪くなり、おえっと洗面所に駆け込むあれだ。鏡の中の自分を見つめ、まさか…と目を見開くあのシーン。

私には訪れなかった。

そう、つわりが無い。

つわりの症状が出ていないから、イマイチ妊娠している実感が湧かないのかもしれない。

妊娠初期の症状としてよく言われる、胸がムカムカするとかも無いし熱っぽい感覚も無い。

つわりが全く無い人も中にはいると聞いていたけど、自分がそうだとは予想外、でもラッキー。

のんきに夫と笑っていた。


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