△~triangle~
21 震える唇(明)
……息が苦しい。
日頃運動不足気味の体は、懸命に足を前へと運ぼうとする俺の意志には、すでについて来れていない状態だ。
しかしゼイゼイと呼吸を荒げながらも、走る足は決して止めなかった。
いや……止める事は出来なかった。
荒い呼吸も、今にも弾けて壊れてしまいそうな心臓も、さっきまで流していた筈の涙さえ無視して、冷たい雨の降り注ぐ空の下を走り続ける。
この冷たい雨の中、きっとどこかで泣いている筈の……愛しい彼女を探す為に。
……ノラ。
そう自分のよく知っている彼女の名を呼びながら、思い付く所を虱潰しに回った。
違う男を……自分の敵になった男を選んだ女を探し回る。
その姿は客観的にみれば豪く惨めで、走り続けながら自嘲的な笑みを浮かべる。
そして走る足が駅前のロータリーに差しかかったその時……見えた姿に足を止めた。