リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あとは、なにがあるんですか?」

牧野の家庭菜園に興味を示してきた明子に、牧野は食いしん坊メと笑いながら、その声は嬉しそうで、穏やかな笑みが頬に浮かんでいた。

「先月、小松菜とサラダ菜の種を蒔いたんだ。芽は出てきたから、霜が降りる前にビニールかけてやれば、春先には食えるぞ。ミツバも今年のヤツの種がこぼれてるだろうから、春になったら芽が出るだろうな。ニラも植えてある。小松菜が終わったら、夏野菜の苗を植えるんだ。去年はキュウリとトマトとシシトウを植えた。朝採ったキュウリとトマトは、氷水で冷やしておくんだ。その間に洗濯だの、掃除だのしちまって、家事が片付いたらビール飲みながら食うんだ」

最高だぞと喋り続ける牧野に、明子は忍び笑いを零す。

「なに笑ってんだよ?」
「生野菜好きじゃないのに、サラダ菜とかトマトとかキュウリとか、食べるんだなあって」
「採ってすぐなら、旨いって判ったからな」
「贅沢者ですね」
「羨ましいか。食わせてやるからウチに来いよ」

あくまでも食べ物で釣ろうという魂胆なのかと思ったら、明子はますますおかしくなって、くすくすと肩を揺らして笑う。
そんな明子を見ながら、牧野は右手を明子の右手に重ねるようにして肘を曲げさせると、曲げてできた皺の内側あたりを左手の親指で押した。


「いたっ 痛い、痛い、痛いですっ」

いやーっ
足をパタパタさせて暴れる明子に、肩こりに効くんだからおとなしくしろと、牧野は一旦指を離して明子を宥める。

「なにが効くですかっ 痛いですよっ」
「韓国料理屋のおばちゃんに、教わったんだよ」
「この前、行ったところの?」

牧野の手を払いのけようと暴れていた明子は、先だっての土曜のことを思い出しながら、牧野にそう尋ねた。


(けっきょく、一口も食べなかったよね)
(おいしそうだったのに)
(ざんねーん)


思い出してしまったあの食べ損ねた御馳走に、明子はため息をこぼした。
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