リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「なんだよ、そのため息は」

明子のため息に、牧野は口を尖らせた。
なにかを勘違いしたらしく「嘘じゃねえぞ、ホントに教わったんだぞ」と訴えてくる牧野に、明子は思わず笑い、判ってますよと牧野を宥めた。

「キムパ。美味しそうだったのに、一口も食べられなかったなって」
「俺だって、ほとんど食ってねえんだからな。恨みっこなしだぞ」
「恨んじゃいませんけど」

美味しそうだったなあってそう思ってと、拗ねたような口調で言う明子に、牧野はまた行こうなと、明子の耳元で囁いた。
そのくすぐったさに、明子の肩を小さくすくめた。

「今度は、ここに車を止めて歩いて行けば、マッコリも飲んでこられるな」

明子の反応を楽しんでいるかのように、明子の耳元に息を吹きかけるようにして喋る牧野に、おいたが過ぎますと明子は牧野の鼻を摘んで笑った。
痛いよと言いながら、今度はトッポギも食いたいな、マッコリをビールで割ったのが好きなんだとか、牧野は延々と食べたいものを並べ立てていた。


(なんだろう、もう)
(こんな体制で、色気の色の字もない会話して)
(わざと、そうしてくれているのかな?)


この空気感が牧野の気遣いなのか、自然体なのか明子は判らなかったけれど、これから先の二人のことをさり気なく口にしてくれることが嬉しかった。

近い未来。
少し先の未来。
いつか来るかもしれない未来。

牧野の声が二人の未来を紡ぐように告げる言葉に、明子の心は温かくなる。
なんて居心地のいい優しい時間なのかと思ったら、目が潤みそうになってきた。

甘えていいと抱きしめてくれる腕が嬉しい。
寄り添ってくれる温もりが嬉しい。

たくさんたくさん遠回りしてしまったけれど、この腕も、この温もりも、この時間も、遠回りしてきた道だからたどり着けた場所にあったものなら、遠回りも無駄ではなかったのだと、明子はそう思えた。
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