リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】

◆牧野孝平◆

自分でも、こんな展開にするつもりは毛頭なかった。


そう言っても、きっと、信じてもらえないだろから言わないけれど、本当のことだと牧野は胸中で呟いた。

温かくて優しくて包んでくれる腕の中が嬉しくて、一人の部屋に戻るのがイヤになってしまったのだと、牧野は自分に言い訳する。


ずっと。
ずっと。
我慢してきた。


遠くに行ってしまった明子を取り戻したいのだと、久しぶりにアメリカから日本に戻ってきた元同僚に、酒を呑みながら訴えたのは三年くらい前のことだ。

諦めたつもりでいたけれど、諦められないのだと。
忘れたつもりでいたけれど、忘れられないのだと。

明子が隣にいてくれたあの時間が、自分には必要なのだと、酒を飲みながら訴えた。
ようやく、離婚のゴタゴタから心が解放されて楽になれたころだった。


-だったら、偉くなればいいだろ。
-部課長クラスになりゃ、多少の人事権は持てるだろ。


事もなき気に簡単なことだろうと鼻先で笑いながら言う男に、このやろうと毒づいたが、なるほど、その手があったかとも妙に納得した。
その日から、その言葉が牧野の腹の底に落ちて、牧野を動かす決意になった。

結果的には、思いがけないご褒美的な副産物で取り戻すことができだけれど、必至に働き続けて上を目指してきた理由は、明子を取り戻す、ただそれだけだった。

やっと取り戻した明子が、毎日自分の目の前にいてくれるようになって、けれども、牧野はなかなか昔のように近づけなかった。
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