リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「俺様の玉子焼きだぞ」
「はいはい」
「食べたいだろ」
「はいはい。卵と、あとは、なにかいりますか?」
「砂糖と醤油」
「ふふふ。甘い玉子焼きですね」

牧野さん、味覚が意外とお子様だからなあと目を細めて笑いながら、冷蔵庫から取り出した卵を手渡してくる明子の幸せそうなその顔を見ただけで、牧野の胸の中は温かい気持ちで溢れていった。
これが幸せというものなのかと思うと、泣き出したいような衝動に駆られる。
その寂しさを埋めてくれる人と一緒なれと、雷の夜に言われた言葉が耳に蘇る。
幼いころ、誰も信じることができず、いつも人を疑い、それでも人にしがみついていた。

一人ぼっちの夜はイヤだと。
痛くても、苦しくても、いいから。
誰か、側にいてと。
ずっとそうやって生きていた。

人を疑いながらも人の温もりを求めて、膝を抱えて蹲っていたような自分に、信じてと、ずっと側にいるからと、ただただそう言って抱きしめてくれた父母と慕う人たちの温かい腕の中にいたときのような、そんな温かくて優しい思いが溢れてくる。
黙り込んでしまった牧野を見つめる明子の目が、どうしたのだろうと不安げに揺れ始めたことに気づいた牧野は、にたりと笑って明子の鼻を指ではじき小突いた。

「イタッ」
「家で、牧野さんは禁止な」
「はあ?!」

やや甲高いビックリしたような声をあげて、目をくるくると丸くした明子は「いきなり、なにを言い出すんですか」と、牧野に抗議した。

「そんなこと言うと、おい、こら、お前と呼びますよ」
「なんでそうなるんだよ、バカ」

喚く明子に呆れながらも、なにか良からぬことを思いついたときの顔で、牧野は明子を腕の中に引き寄せた。そうして、その腕の中でもがき暴れだした明子の耳元に、甘い声で囁いた。

「おはよう。明子」

腕の中で茹蛸のように真っ赤になって固まってしまった明子の様子に、牧野は楽しそうな笑い声を上げて、明子をいっそうきつく抱きしめた。

「なあ。頼みがあるんだ」
「な、なんですかっ」
「合い鍵くれ」
「はあ?!」

調子にのるなーっと憤る明子の頭突きを顎に受けた牧野は、痛いだろっと、朝から盛大に吠えた。
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