リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
グレーのTシャツの上に、ダークブルーのフード付きのパーカーを羽織り、下はブラックジーンズ。
会社では見ることのないラフな服装の牧野が、眉間に皺を寄せながら明子を見ていた。
「お、お疲れ様です」
条件反射で、つい、明子はそんな言葉を口走ってしまい、牧野はいっそう顔をしかめた。
バカか、お前は。
そんな言葉が、牧野のその顔には浮かんでいた。
(なにしてるって、それはこっちのセリフだからっ)
(そっちこと、なにしてんのよっ)
(こんな店でっ)
(休みの日にっ)
(爽やかにスポーツ、なんてたまじゃないでしょっ)
言い返したい言葉を全部、明子は喉の奥に押しこんで堪えた。
こんなところで騒ぐのは、店にもほかの客にも迷惑だ。
それぐらいの常識は、持ち合わせている大人だしと、自分に言い聞かせて堪えた。
「雪山でも、歩いてくる気か?」
「へ?」
明子の手にあるリュックをしげしげと眺めた牧野は、怪訝な顔で明子をそう問いただした。
「いえ。雪山なんて。そんな滅相もない」
ふるふると、顔を横に振る明子に、牧野は聞こえよがしのため息をこぼした。
「あのな。そんなデカいの。このあたりの山を日帰りで歩いてくるくらいなら、必要ないぞ」
「いや。これは……、その、ただ眺めていただけで」
「どうせ。テレビかなんかで、山ガールとか見て、あたしも登ってみようかななんて考えたんだろ。もう、そんな可愛いノリが似合う年じゃねーだろうよ」
明子の言葉などまったく聞かず、そうに違いないと決めつけたように、ずけずけとそんなことを牧野は言い立てた。
その言葉にぎゅっと唇を噛み締めた明子は、無言のまま牧野に背を向けると、手にしていたリュックを元の場所に戻して、出口に向かい歩き出した。
(悪かったわね、可愛いノリが似合わない年でっ)
(そんなこと、そんなにはっきり言われなくても、自分がよぉーっく、判ってるわよっ)
目の奥が、じんわりと熱くなる。
(どうしてこの人は)
(いつも……)
基本、女性には甘くて優しい人なのに、昔から自分には甘さも優しさもくれない人だった。
今さら、そんなものを欲しがるつもりもないけれど、だからといってなにを言われても傷つかない訳ではない。
悔しさやら悲しさやら、いろんな思いがごちゃ混ぜになって、溢れ出しそうになっている熱いものを必死に堪え、明子はその場を立ち去ろうとした。
しかし、二歩、三歩と歩いたところで、明子は立ち止まることになった。
牧野の右手が。
明子の左腕を掴んで引き止めていた。
会社では見ることのないラフな服装の牧野が、眉間に皺を寄せながら明子を見ていた。
「お、お疲れ様です」
条件反射で、つい、明子はそんな言葉を口走ってしまい、牧野はいっそう顔をしかめた。
バカか、お前は。
そんな言葉が、牧野のその顔には浮かんでいた。
(なにしてるって、それはこっちのセリフだからっ)
(そっちこと、なにしてんのよっ)
(こんな店でっ)
(休みの日にっ)
(爽やかにスポーツ、なんてたまじゃないでしょっ)
言い返したい言葉を全部、明子は喉の奥に押しこんで堪えた。
こんなところで騒ぐのは、店にもほかの客にも迷惑だ。
それぐらいの常識は、持ち合わせている大人だしと、自分に言い聞かせて堪えた。
「雪山でも、歩いてくる気か?」
「へ?」
明子の手にあるリュックをしげしげと眺めた牧野は、怪訝な顔で明子をそう問いただした。
「いえ。雪山なんて。そんな滅相もない」
ふるふると、顔を横に振る明子に、牧野は聞こえよがしのため息をこぼした。
「あのな。そんなデカいの。このあたりの山を日帰りで歩いてくるくらいなら、必要ないぞ」
「いや。これは……、その、ただ眺めていただけで」
「どうせ。テレビかなんかで、山ガールとか見て、あたしも登ってみようかななんて考えたんだろ。もう、そんな可愛いノリが似合う年じゃねーだろうよ」
明子の言葉などまったく聞かず、そうに違いないと決めつけたように、ずけずけとそんなことを牧野は言い立てた。
その言葉にぎゅっと唇を噛み締めた明子は、無言のまま牧野に背を向けると、手にしていたリュックを元の場所に戻して、出口に向かい歩き出した。
(悪かったわね、可愛いノリが似合わない年でっ)
(そんなこと、そんなにはっきり言われなくても、自分がよぉーっく、判ってるわよっ)
目の奥が、じんわりと熱くなる。
(どうしてこの人は)
(いつも……)
基本、女性には甘くて優しい人なのに、昔から自分には甘さも優しさもくれない人だった。
今さら、そんなものを欲しがるつもりもないけれど、だからといってなにを言われても傷つかない訳ではない。
悔しさやら悲しさやら、いろんな思いがごちゃ混ぜになって、溢れ出しそうになっている熱いものを必死に堪え、明子はその場を立ち去ろうとした。
しかし、二歩、三歩と歩いたところで、明子は立ち止まることになった。
牧野の右手が。
明子の左腕を掴んで引き止めていた。