リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「まだ、社内限定かもしれないけど、昨日、しっかりと自分の意見が言えるようになったなあって、思ったわ」
「そうそう。俺も思った。原田のことを、ああやってちゃんと叱ったのは、初めてなんじゃないか? けっこう、ビックリだったぞ」

まるで、木村に加担して沼田を説き伏せようと目論んでいるかのような二人の言葉に、沼田は「それは……、そうですけど……」と口ごもりながら、たじろいでいた。

「大勢の人の前で喋ることは、沼田くんにとっては、まだまだ大変なことなんだろうなって思うけど、経験をしていくことで自信がつけば、もっとよくなるんじゃないかな?」

林田が語ってくれた『階段』の言葉は、あれからずっと明子の中に残っていた。
沼田の中にも、きっと、それは残っているに違いない。
明子はそう思った。


(ならば……)
(何度でも、階段の前でその一歩を踏み出すことを躊躇っている君の背中を、私は押してあげよう)


明子は胸の内で、そう沼田に告げた。


(それが、私のために勇気を振り絞ってくれた君への、私なりの恩返し)


明子は内心でそう大きく頷いた。

「でも、会社で喋るのと、披露宴で喋るのでは、ちょっと違うし」
「だからいいんじゃない。違う経験値があがって」
「そうでしょうか?」

明子の言葉に沼田は考え込みながら「でも、やっぱり無理です」と言い切った。
そんな沼田に野木はやれやれと肩を竦めて、明子も仕方ないわねと笑うだけだった。

「あと、あれですよね。課長の奥さんが、披露宴の司会をやってくれるとかって」
「君島課長の? ホント?」

野木の思いがけない言葉に、かつて、一度だけ会った千賀子の姿が脳裏に浮かび、明子はその目を輝かせた。

「ええ。そうだよな?」
「そうですね」

はあっと、明子は感嘆まじりのため息をこぼした。
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