リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「さすがだわ、木村くん。にこにこ笑って、お願いしますと君島課長に拝み倒したわね」

木村に縋り付かんばかりに拝み倒されて、仕方がないなと苦笑いを浮かべている君島の姿が脳裏に浮かび、明子は頬には苦笑が浮かんだ。
木村と君島が親しく話をしているようなところを、正直、明子は今まで見たことはない。けれど、木村のあの物怖じしない人懐っこい性格を思えば、君島だろうが笹原だろうが、隙あらば遠慮の欠片もなく話しかけにいくことだろう。
そんなことをつらつらと考えていた明子に、野木は意外な言葉を口にした。

「いや、課長のほうから言ったみたいですよ。もし、よかったらって」
「へ?」

予想していなかった展開に、明子は目をぱちくりと瞬かせた。


(君島さんから?)
(そう、なんだ。へえ)


今まで君島の細君が、社内の誰かの披露宴で司会をしたという話しは聞いたことがない。
もしもそんなことがあれば、それを羨ましがった者たちが、あちらこちらで吹聴するはずだ。
木村の話しを聞いて、なにか思うところがあったのかしらと考え込んでいる明子に、野木は明子が知らない事実を告げた。

「正確には、課長からじゃなくて、課長の奥さんから、是非やらせて欲しいって、話があったそうなんですよ」
「へえ。そうなんですか」
「まあ、恩返しって言っちゃなんですけど、木村に対しては、課長の奥さんも、そんな気持ちがあるんじゃないのかなあ」
「恩返し?」

なんのことだろうと訝しがる明子に、野木は明子の表情を次第に険しくさせるような話しを始め出した。
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