リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「牧野から、よろしくお伝えするよう、申し付かってきました」
「おお! 元気にしてるか?」

牧野を名を聞いたとたん、目を輝かせ嬉しそうな顔をする老人に、判りやすい人だなあと、明子はますます表情を和らげていく。

「課長になったとか」
「はい。相変わらず、バリバリに仕事してます」
「そりゃあ、良かった」
「また、旨いものをたらふく食わせてくれ、だそうです」

明子から聞かされた牧野の伝言に、かかかかっと老人は楽しげな高笑いをする。

「食いしん坊も健在か。食いっぷりがいいからなあ。食わせ甲斐があるんだ、彼は」
「誘ってもらえるのが楽しみで、こちらに来ていたそうですから。また、楽しいお酒を一緒に飲みたいと、懐かしがっています」
「そう、言ってくれたか」

嫌な思いをさせてしまったからなあ、彼には。
ひとしきり笑って、しみじみとした口調でそう呟く老人に「お腹を減らした怪獣は、美味しいものを食べるだけで機嫌が直りますから」と、明子は笑って見せた。


-もう、全部水に流して、またあの爺さんと呑みたいなあ。


今朝、車の中でそう呟いた牧野のその言葉は、偽りない今の牧野の本心なのだろう。
怒るととんでもなく恐いが、普段は気のいい豪快な人なのだと語るその声は、とても懐かしそうだった。
だから、牧野のその思いが伝わるようにと願いを込めて、明子は牧野の言葉を伝えた。

「小杉さんは、牧野さんとは長いのか?」

その言葉に、一瞬、ドキリとなった。


(いやいや。仕事上の話しだから)
(そうそう)


妙に早鳴る鼓動を意識しないようにしながら、明子はさらりとした口調で答えた。
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