リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「なんですか? 帰りたいんですけど」

涙声にならないよう、明子の抑揚のない平坦な声を作り牧野にそう言って「手を離してください」と言葉を続けた。
そんな明子に、牧野はいつにない殊勝な声で、「悪い」とそう詫びた。

「言い過ぎた」

ばつの悪そうな顔で牧野から素直にそう謝られてしまうと、明子は足を進められなくなった。


(そんな顔して謝るくらいなら、余計なこと、言わなきゃいいのに)
(ばか)
(ホント、ばか)


強張った表情はそのままで、明子はその胸のうちで、牧野に対してまた毒づいた。

「小杉が使うなら、これくらいのサイズでいいと思うけどな」

すでに明子を引き止めた牧野のその手は離れ、牧野は物色するようにリュックを眺め、目にとまった物を手に取ると、明子の背中に合わせるようにそれをあてた。

「日帰りなら、二十リットルくらい入るやつで十分だぞ。背中と同じくらいの大きさのやつが、一番、体に負担にならなくていいんだ」
「……知ってます。でも、別に。いいです。もう。見ていただけですから」

牧野の説明に、面倒くさそうに明子はそう言い捨てた。


(そうよ)
(別に、買うつもりできたわけじゃないし)
(ただ、懐かしかった、だけだから)
(昔に返りたいと、少しだけ願った心が、ここに足を運ばせただけだから)


明子は少しだけ目線を下げて、なんとなく、自分の足元を見た。
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