リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
四年と七か月ちょっと前。

今よりもかなり痩せていた明子には、結婚を前提にお付き合いをしていた人がいた。
友人の紹介で知り合った、二つ年上の男だった。
学生時代、ずっと野球をしていたというその人は、なんでも美味しそうな顔をして、よく食べる人だった。
そこがなにより気に入っていた。

三年くらい交際して。
プロポーズされて。
結納の日取りまで、すでにに決まっていた。

休日ともなると、二人で式場巡りなんてこともした。
一目ぼれしたウェディングドレスのために、明子はさらに三キロ、体重を落とした。
住宅展示場を訪れては、こんな家がいい、あんな家がいいと、そう遠くはない『いつかの未来』を夢に見ながら、二人で話していた。

週に一度、料理教室に通い、ときおり、いずれは義母となるはずだった人から料理を教わったり。
ともに食い道楽を自負している二人の為に、明子はそのレパートリーを増やしていった。

ほぼ同棲状態で暮らしている部屋の掃除だって。
二人分ある、山ほどの洗濯物だって。
どんなことで、明子には楽しかった。

けれど、男は明子の元を去った。
ある日。
突然。
何の前触れもなく。
会社の女の子と関係を持ち、子どもができたのだとそう明子に告げて。
『すまない』と、何度も何度もただ頭を下げ続け、男は明子の前から去っていった。

明子は呆然とするしかなかった。

怒ることもできずに。
泣くこともできずに。
縋ることもできずに。

ただ呆然と、去っていくその後姿を見ているしかなかった。

いや。
正確に言えば、違う。

見栄っ張りで、意地っ張で、負けん気だけは人一倍という、やっかいで可愛げのない性格が、させてくれなかったのだ。

怒ることを。
泣くことを。
縋ることを。

明子に、許してくれなかったのだ。
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