リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
ーいつまでも。立ち止まってるな。
ーあがってこい。
ーここまで、来い。


明子は抱えた膝に、額を押し付けた。


(どこを目指して、歩き出せばいいの?)
(次の場所に行くための、階段はどこ?)


顔を上げ、テーブルの上のマグカップに、明子は手を伸ばした。
両手で持つと、指先がじんわりと温かい。


(ここまでって、簡単に言わないでよ)
(そんな高いところ、簡単に行けるわけないじゃない)
(ばか)


心に浮かんだ牧野の横顔に、明子はべーっと舌を出す。


(まずは、痩せる)
(体だけでも、昔の自分に戻す)
(昔に帰るの)
(当面の目標は、それ)
(うん)


テーブルに貼り付けた『高杉兄弟』たちの切り抜きと、今日からテーブル裏に追加した、明子が羨望の眼差しで見つめた女優の切り抜きを見て、そう言い聞かせる。


(だって、他には、なにもないんだもの)
(今のあたし)


せめて、このだらけた体だけでも、目指す自分に辿り着ければ、なにかが、変わるかもしれない。
変われる力に、なってくれるかもしれない。
そんな一縷の微かな望みに、今は縋るしかなかった。

牧野の手が。
強く。
きつく。
掴んだ場所に手を当てた。


(あのバカ)
(あんな力で握って痣になったら、どうするのよ)
(バカ)
(バカ)
(バーッカ)


また、ふわりと脳裏に浮かんだ牧野の顔にそう毒づいて、そのとたん、唐突に化粧していけと言われたことを思い出した明子は「あー、腹立つ」と、声にして毒づいた。


(コットンパックくらいして、寝ようかな)
(今日はけっこう、日差しも強かったし)
(お肌もね、曲がり角を過ぎてるお年頃だしね)


牧野の忌々しい顔を思い出しながら、明子はそんなことを思いついた。
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