リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「ちゃんと吸い上げ、できてましたよ。大塚さんは、確かに、なにもしていなかったかもしれませんけど、沼田くんが、きちんと仕事をしてました。システムの分析もちゃんと進めています。君島課長にも、それは報告してあると、沼田くんは言ってました。今回のこの打ち合わせ、こんなふうに強行する必要があったんですか?」
「で、延期なんて話になりそうなタイミングで、大塚がいかにも満身創痍の風貌で登場するってか。ふざけんなってんだよ」

そんなことだけは我慢ならんというように、忌々しそうに鼻を鳴らす牧野に、明子はため息を吐くしかなかった。


(まあ、ね)
(そこにはね、腹が立ちますけどね、私も)
(というか、やっぱり、全部、知っていたじゃんっ)
(牧野っ)

作り話で明子を騙しておきながら、悪びれもせず、それどころか、全て知っていたことを隠そうともせずに、当然の権利だとでも言うように憤慨している牧野に、腹が立った。
あなたに怒る権利はありませんと、怒鳴りつけたい気分だった。

「詳しい話、しなきゃダメか? その様子だと、沼田から聞いたんだろ。あれやこれや、いろいろと」
「大塚さんの悪事なら聞きました。吉田係長の件も。そこはいいです。言いたいことは山ほどありますが、言ったところで、言い訳はたっぷりと用意されていらっしゃるでしょうから」

牧野課長のことですからね。
嫌みたっぷりにそう言う明子に、牧野はまなあと当然のように答える。
明子は、そんな牧野に対して聞こえよがしのため息を吐き、この人はこういう人だと諦めて、気を取り直して言葉を続けた。

「この件で、私に白羽の矢が立った経緯だけ、ホントのことを教えてください。牧野さんの一存で、牧野さんと大塚さんのくだらないケンカに巻き込んだだけなら、許しません。そんなの真っ平ごめんです」

明子のストレートなその言葉に、牧野の頬が緩む。
それを知りたいときたかと苦笑して、牧野は仕方なさそうに髪をガシガシと掻き毟った。

「月曜の打ち合わせ、吉田係長から遠まわしに、嫌な言い方で出てくれと言われてな、カチンときて引き受けた。別に、俺がなにかやらかして、出入り禁止になってるわけじゃねえしな」
「確か、吉田係長が部長に直談判したって話じゃありませんでしたかね」
「そんな度胸、あるわけねえだろ。アレに。ちゃんと話すから、聞けよ」
「どうして、最初から、ちゃんと話してくれなかったんですか、もう。バカ」
「バカって、お前なあ。ちょっと脚色しただけだろ。俺に直接言ってきたのか、部長に言ったのかなんて、大した問題じゃないだろうよ。そう、とんがるなよ」

おっかなくて話もできねえと、怖がるふりをして体を小さく竦める牧野に、なにをふざけたことをと、明子は白い目を向ける。


(私如きを、怖がるタマじゃないでしょっ)


そう告げている明子の目に、牧野はまた肩を竦めて話の続きを始めた。
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