リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
小杉明子(こすぎ あきこ)。
三十一歳。

地元の公立高校を卒業て、IT系の専門学校に進学し、その二年後、ぶ厚い氷河の壁を乗り越えて、地元の中小企業に就職。
勤め先は、各企業向けの基幹システムや会計ソフトなどを、オーダーメードで設計開発しているソフトウェア会社だった。
全国的に見れば、決して、大がつくような規模の企業ではないけれど、数年前に株式上場を果たし、県内に限定すれば間違いなく、業界最大手のポジションにある、そこそこの規模の会社だ。
明子としては、十分に満足している。

そんな会社で、この春からは、主任という肩書きを、明子は付けられた。

一人暮らし暦は、そろそろ七年になる。
その間の引っ越し歴は一回。
彼氏のいない暦は、端数をばっさり切り捨てて、四年となっていた。
世間様的には、そろそろ結婚を考える年齢を迎えた独身男性社員が、常にごろごろといる職場だ。
けれど、勤め始めて十二年の間、ご縁のあった男性社員は一人もいなかった。

夏は海外旅行。
冬は国内旅行。
日々、あちらこちらを友人たちと食べ歩き、飲み歩き。
そんな生活をしていたころは、今は夢のように遠い。

いまや、休みの日といえば、溜まっている一週間分の洗濯物を片付けて、辛うじて、床が見えている場所だけをざっくりと掃除して、ほぼすっぴんという状態で、ぶらりと近所のスーパーマーケットに買い出しに出る。
そして、そのあとはひたすら、ただひたすら、お気に入りのソファーで寝転がって、録り溜めたドラマや映画を見ながら、食べて飲んで、飲んで食べてを、だらだらだらだらと繰り返す。

そんな生活が、当たり前のように染み付いていた。


(あたし、このまま、ずぅーっと一人のまま、年をとっていくのかしらねえ?)


三十路を目前にしたころから、そんな未来を、ぼんやりと思い描くようになり、さすがに人様並に、ちょっとばかりの憂鬱と寂しさと不安を覚えるようになった。
なったけれど、変われない。
変わることができない。

小杉明子は、そんな三十路過ぎの女だった。
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