リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
木曜の午後。
なぜか、牧野と松山の他に、今日は終日客先に出ているはずの笹原の姿も会議室にあり、沼田の緊張は一気に高まってしまったようだった。
すでに大量の汗をかいて、目が落ち着きをなくしてあちらこちらを彷徨っていた。


-練習だから、いっぱい、失敗しておこう。


いたずらを打ち明けるような軽い口ぶりで、明子は沼田にそう囁いた。
沼田の緊張が解けることはなかったが、それでも、明子のその言葉に沼田は大きく頷いて、少しでも落ち着こうと深呼吸を繰り返した。

今回のプレゼンの趣旨を、明子がざっくりと説明して「現行システムの問題点についての説明を、沼田からさせて頂きます」といった言葉を添えて、明子は沼田にスピーチを引き継がせた。
内容は申し分ない。
これ以上の分析調査ができるやつがいるなら出てこいと、沼田の調査報告の内容に、明子はそんなふうに胸を張って大威張りしたい気分だった。
ただ、何か言い間違えたり、言葉に詰まったりするたびに、沼田は顔を真っ赤にして汗を流し、手を震わせ、声を上擦らせた。
スピーチの合間合間に入る牧野や松山の質問に、そのたびに、急いでその答えを返そうとする沼田は慌てふためき、その声がさらに上擦って裏返った。

そんな沼田と、沼田のスピーチを聞いている牧野たちの様子を、明子は奇妙な感覚を覚えながら眺めていた。


(なんだろね、これ)
(変な、違和感? みたいな?)
(なんか、もやもや。うん。もやもや、するなあ)


ふむむっと、明子は首を捻るように考えた。
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