リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
明子の勤める会社では、主任まではなくてもいけるが、係長になるには最低でも簿記三級に合格していなければならなかった。
営業部にいたころに、密かに勉強していた時期もあったが、怒鳴られたあの日を境に、それも全て捨てた。
その後、再び挑戦してみようかと思ったこともあったが、あることがきっかけで、その意欲もなくなった。
明子の答えに、林田はさほど驚きもみせず、そうかと答えた。
「二月の簿記試験を、受けたらどうだ? 申し込みはこれからだろう」
ミラー越しに林田と目があった明子は、目を伏せた。
ぎゅっと、右手をきつく握り締めた。
沼田が、そんな明子を気遣わしそうに見ていた。
「まあ。仕事の都合もあるだろうからな。強制する気はないが、もし、簿記の試験を受けるのであれば、牧野くんには勉強会に出られるように計らってやれと言っておくよ」
「はい。ありがとうございます。考えてみます」
林田の言葉に、明子は精一杯の笑みを作って頬に浮かべた。
「これからどうするかを、よく考えてみなさい。キミがあがってくるのを、待っているヤツもいるようだぞ?」
明子は思わず顔を上げ、ミラー越しに林田を見た。
-あがってこい。
あの夜の、怖いくらい真剣だった牧野の声が耳に蘇り、明子は、無意識のうちに、また左手を右腕に重ねおいていた。
(まさか、ですよね。待ってるなんて)
(私なんかを)
心に浮かんだ笑顔に、明子はそう問いかける。
「そうだ。今日頑張った褒美をやろう」
考え込んでしまった明子をよそに、林田が楽しげにそんなことを言い出した。
我に返った明子は、思わず、運転席の沼田と顔を見合わせた。
「私の名前を、一度だけ使わせてやる。今日のプレゼンを褒めたことを、人に言っていいぞ」
豪快に笑いながらのその言葉の真意に、明子はひきつり笑いを浮かべるしかなかった。
(それは、本当に、ご褒美なんですか?)
なにか予想外の面倒ごとに巻き込まれていきそうな予感を覚えつつ、明子はこそりと息を吐いた。
営業部にいたころに、密かに勉強していた時期もあったが、怒鳴られたあの日を境に、それも全て捨てた。
その後、再び挑戦してみようかと思ったこともあったが、あることがきっかけで、その意欲もなくなった。
明子の答えに、林田はさほど驚きもみせず、そうかと答えた。
「二月の簿記試験を、受けたらどうだ? 申し込みはこれからだろう」
ミラー越しに林田と目があった明子は、目を伏せた。
ぎゅっと、右手をきつく握り締めた。
沼田が、そんな明子を気遣わしそうに見ていた。
「まあ。仕事の都合もあるだろうからな。強制する気はないが、もし、簿記の試験を受けるのであれば、牧野くんには勉強会に出られるように計らってやれと言っておくよ」
「はい。ありがとうございます。考えてみます」
林田の言葉に、明子は精一杯の笑みを作って頬に浮かべた。
「これからどうするかを、よく考えてみなさい。キミがあがってくるのを、待っているヤツもいるようだぞ?」
明子は思わず顔を上げ、ミラー越しに林田を見た。
-あがってこい。
あの夜の、怖いくらい真剣だった牧野の声が耳に蘇り、明子は、無意識のうちに、また左手を右腕に重ねおいていた。
(まさか、ですよね。待ってるなんて)
(私なんかを)
心に浮かんだ笑顔に、明子はそう問いかける。
「そうだ。今日頑張った褒美をやろう」
考え込んでしまった明子をよそに、林田が楽しげにそんなことを言い出した。
我に返った明子は、思わず、運転席の沼田と顔を見合わせた。
「私の名前を、一度だけ使わせてやる。今日のプレゼンを褒めたことを、人に言っていいぞ」
豪快に笑いながらのその言葉の真意に、明子はひきつり笑いを浮かべるしかなかった。
(それは、本当に、ご褒美なんですか?)
なにか予想外の面倒ごとに巻き込まれていきそうな予感を覚えつつ、明子はこそりと息を吐いた。