リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
明子も普段ならば会社に履いていくことのない、ストレートタイプの濃紺のデニムを、今日は履いていた。
それにややウエストが絞られているデザインのグレーのニットを合わせ、その上に厚手のストールを羽織って家を出た。
軽くて暖かいオフホワイトの大判のストールは、昨シーズンのバーゲンで手に入れた、お気に入りだった。

髪は緩めの三つ編みで一つにまとめて、雪の結晶を象ったシルバーのピアスで、耳を飾った。

季節的には、もう冬になるはずだけれど、今年の冬は、それこそまだTシャツ一枚の姿で歩いている若者がいたりするほど、暖かい。
もしかしたら、雪の降らない冬になるかもしれないなあと、ピアスを付けながら、そんなことを考えた。

冬の高尾山は、雪山の訓練にちょうどいいと言っていた牧野の言葉を、なんとなく、思い出しながら、耳元の雪の結晶を、明子は鏡越しに見つめていた。


ずっと。
ずっと。
牧野のことを考えている。
そんな自分が鏡の中にいたけれど、それは見ないことにした。
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