リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「おはよう。来てたのか」

起こせばよかったのにと、むくりと体を起こしながら続けられた牧野の言葉に、明子はことさら明るい声で「おはようございます」と、挨拶を返した。

「今、来たところです。帰らなかったんですか?」
「ああ。七時まで、向こうにいたからな」

音をたてながら首を回して、腕を伸ばして、背筋を伸ばして。
そんな動作を繰り返して、牧野は「あー、よく寝た」と、負け惜しみのように言う。
そんな牧野の言葉に「なにを言ってるんですか」と、明子は笑った。

「午前中だけでも、帰って休んでくれば楽になりますよ」
「んなわけいくか。まだ、松山さんたちは向こうで作業中だ。俺だけ高いびきってわけにはいかねえよ。木村に首を絞められそうだ」
「課長ー。起きてくださいよー。課長ー。僕も眠いですー。課長ー」

木村の言い様を真似る明子に、牧野は声を上げ笑った。

「あのヤロー。一晩中、喋りまくって、まだ元気だったぞ」
「木村くんから、おしゃべりと元気がなくなったら、この世の終わりです」

まったくなあと笑う牧野は、机の上の紙袋に気づき、なんだという顔で明子を見た。

「ああ。朝ごはんに、どうかと思って」

明子の言葉を待たずに、すでにがさごさと中の物を取り出していた牧野は「サンキュ」と、短い一言で礼を言う。

「いくらだ?」
「日曜に、送ってもらったお礼です」

明子の言葉に、牧野は一瞬その手を止めて「そうか」と、答えた。

「じゃあ、遠慮なく。ご馳走になろう」

そう言って嬉しそうにコーヒーを飲み始めた牧野に「今日は、なにをすればいいんですか」と、明子はのんびりとした口調で尋ねた。

「ああ。仕様を起こすの、手伝ってほしいんだ」
「仕様を、起こす?」

いまさら、なんでそんな作業をと、訝しげに首を傾げる明子に、牧野は忌々しそうに口を開いた。
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