リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
そんな、だらしなくて、かつ、残念なお一人様のをやっている明子ではあったけれど、それでも、楽しみの一つや二つはあった。
その最たるものが、深夜に放送されている『高杉兄弟の一週間』だった。

月曜から金曜の午前零時二十分から、おおよそ八分間ほど放送されている番組なのだが、高杉家の四兄弟という設定で、特撮系ドラマでの主演をきっかけに注目を集めつつある、売り出し中の若手俳優が出ている。
その中の一人、四兄弟の末っ子役をやっている俳優に、明子は今どっぽりとハマっていた。

きっかけは偶然だった。
たまたま。
本当に、たまたま。
長引いた残業で深夜の帰宅となった明子が、もう精も魂も尽き果てたという勢いで、ソファーに沈んでいくかのように倒れ込み、そのまま、いつもの習慣でリモコンに手を伸ばしてテレビをつけた瞬間、その番組が始まった。

耳に優しい甘い声。
ふわりと、頬に浮かんだその甘い微笑。

その全てに、明子は蕩けた。
とろとろに蕩けた。
夢見心地のふわふわ感と、うっとり感に溺れた。


(白馬の王子様に、出会った感じ?)
(男の子に、こんなにときめいたのって、いつ以来よ?)


番組が終わっても、しばらくは惚けたようにテレビを見つめていた明子は、なにかの物音でようやく我に返った。


(いい年をして、男の子に、ときめいている場合かって)
(まったくもう)


年甲斐もなくバカじゃないと、自分に対して苦笑しながらも、しっかりと刻み込まれてしまった青年の名前と顔が忘れられず、いつの間にかノートパソコンを立ち上げて、思いつくままインターネットでざっくりと、青年のことを検索し始めていた。


-去年放送されていた、子ども向け特撮戦隊モノに主演したのがきっかけで、人気が出てきたとか
-ファンの子たちには『関ちゃん』と呼ばれているとか
-年はまだ十九歳とか
-明子と同世代にもファンが多いとか


そんなこんなをあれこれと知って、気が付いたら、テレビの中の青年に、明子はハマっていた。
彼が出ていた特撮モノのDVDを、インターネットのショッピングサイトで購入ボタンを押しまくって、一気に買い揃えてしまうほど。
わずか一頁のインタビュー記事のためだけに、雑誌を買い求めてしまうほど。

明子は、ハマってしまった。


(もう、これは恋だね。恋)
(一種の、擬似恋愛って、やつだね)
(うん、間違いないね)
(恋だわ、恋)


そんな核心をもってしまうほどに、すっかり、どっぽり、明子はハマっていた。

『関ちゃん』に。
『文隆くん』に。
『高杉兄弟』に。


明子はハマっていた。
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