リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「小杉をチームに入れたいと言われたのは、九月ごろのことなんだけどな。俺預かりで、今は保留にさせてもらっている」
「はあ」

そこまで言って、尚言いよどむ牧野に、明子の戸惑いは増していくばかりだった。
先を続けまいかどうかと、牧野はまだ悩んでいるような様子だった。
そんなふうにい言いよどむ牧野に、珍しいと、明子は首を傾げて訝しがった。
こんなふうにあからさまに言い躊躇う牧野など、今まで見たことがないような気がした。
だから、牧野が口を開くまで待とうと、明子も沈黙を守った。

ややあって。
牧野がポツリと一言、ある企業の名前を口にした。
その言葉に、明子の顔から全ての表情が消えた。

明子にとっては、永遠にも思える。
けれど、実際には数回分の瞬きの時間の沈黙の後。

‐今、なんて?

震える声で、明子はそう聞き返した。
牧野はもう一度、明子の顔をまっすぐに見て、その名前を明子に告げた。

「その会社の仕事だ」

そう言って、明子を見つめる牧野に、明子は唇を戦慄かせた。


(どうして……)
(知ってるの?)
(どうして?)
(どうして?)


会社の者には、誰一人として決して教えはしなかった。
結納を済ませ結婚の報告をするまでは、誰にもそれは告げずにいようと、決めていたから。
酒の席で、婚約破棄の話を愚痴交じりにしていたときでさえ、自分は決して男の名も、ましてや勤めている会社の名など、口にはしなかった。
だが、牧野は知っていた。
その顔を見て、それが判った。
どうして、牧野が知っているのか。
そんな戸惑いに揺れる明子の目を見て、牧野は種明かしした。
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