リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「もう、十年くらい前に導入したシステムを、誤魔化し誤魔化し、今まで使っていたそうなんだけどな。思い切って、全て一新するらしい。もともと入っていたソフト会社が有力だけどな、この際、他社の製品ともじっくり比較しようと言うことになったらしいだ。どうもな、今までのとこ、バグも多くてな、今までいろいろあったようだ」

訥々と喋り続ける牧野の言葉など、明子の耳には入ってこなかった。
期待しても無駄と思いながらも、淡い期待を抱いて付いてきた。
なにかあるのかもしれないと、密かに胸を弾ませていた。

けれど……。

今はもう、ここで口を開けて待っていた、過去という名の悪魔に、なにもかも全て飲み込まれた気分だった。

その会社は、専門学校時代の友人が勤めていた会社だった。
ウチの営業と合コンしないかと持ちかけられ、軽い気持ちで参加した飲み会が、彼との出会いの場だった。
なんとなく気があって、連絡先を交換して、付き合うことになった。
同僚たちとフットサルのチームを作っているということもあり、休日ともなるとお弁当などを作っては試合や練習を見に行って、そのまま、皆で飲みに行くこともよくあった。
だから、付き合っていたその人だけではなく、何人も明子のことを知っている社員いる会社だ。
仲人を頼んだその人も、その会社にはいる。

そんな会社に乗り込んで、仕事を取ってこいと、牧野はそう言っているのだという思いばかりが明子の胸を占め、明子は唇を噛み締めた。


(なんで?)
(なんで?)
(そんなことを、言うの?)
(がんばったご褒美が、これ?)


そんな思いだけが、ぐるぐると頭の中で渦巻いてた。
目頭が、じんと熱くなってきた。
もしかしたらなど、そんなふうに浮かれていた自分が滑稽だった。
けっきょく、牧野にとって自分はただの駒だ。
仕事に必要な、ただ駒だ。
昔も。
今も。
これからも。

きつく握り締めた手の震えを、手を重ね合わせて必死に押さえ込む。
その手には、もう、あの温もりさえ残っていなかった。
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