リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
(なんで?)
(少しでいいのに)
(ホンの少しでいいのに)
(甘えてさせてよ)
(女の子には、優しいじゃない)


逃げることを、
諦めることを、
甘えることを、
牧野は決して許さない。
明子にだけは、許してくれない。

いつでも、甘えていいというように、逞しい肩を差し出しすのに。
疲れて、疲れて。
もう、一人で立っていることが辛くて。
少しだけ、ホンの少しだけ。
その肩に寄りかかりたいという誘惑に負けて、体を預けようとすると、容赦なく明子を振り払う。

逃げるな。
諦めるな。
甘えるな。

強く、真っ直ぐな目が、そう明子に言う。

口先だけでもいいから、優しくしてほしかった。
そんな仕事はしなくていいと、優しく言って欲しかった。

牧野は「出来るか」は「出来るな」という意味だ。

そんなことが判ってしまうくらい、明子はずっと牧野を見てきた。
かつて、隣に並んでいたあの時間。
明子は、ずっと、牧野を見つめてきた。
だから、見えてしまった牧野の真意が、明子には悲しかった。


(嘘でもいいから)
(逃げていいと)
(そう言って)
(欲しかった)


抱えた膝に顔を埋めるようにして、明子は肩を震わせた。
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