リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】

3.見返してやると燃えた月曜

月曜日の朝。

明子はいつもより三十分ほど早く起きて、昼食用の弁当を作った。
日曜日にたっぷりと、作り置きの惣菜は用意した。
だから、朝から手間をかけて作ったものと言えば、おにぎりと皮を剥いたりんごと、サラダ用のドレッシングくらいだ。
いろどりよく、小さめの弁当箱に惣菜を詰め込みながら、今日も好きな歌を口ずさんでいた。
そんな自分に気づいた明子の頬に、苦笑が浮かぶ。
こんな事に心を弾ませている自分が、妙に笑えて、でも懐かしい。
ダメになる前の自分は、毎朝、こんなふうにキッチンに立っていた。
そんな事を思い出していた。




雑務に追われた慌ただしい月曜日は、あっと言う間に過ぎて、昼休みになった。
いつもなら、一緒に連れ立って外に食べに出る後輩女子社員たちに、「今日はお弁当があるから」と告げて、明子は外食ランチを断った。

『えー。お弁当、作ってきたんですか?』

目を丸くして驚いて、どうしてと訝しがる後輩たちに、ダイエットなどとは口が裂けても言えなかった。
うっかりそんな事を言った日には、大きな背鰭と尾鰭がくっついた『噂』と言う名の魚が、社内を好き勝手に泳ぎまくっていくに違いなかった。
それに、自分に密かに付けられているあだ名を、明子も知っていた。

そんなあだ名を付けて自分のことを笑っている輩の耳に、そんな『噂』がはいったら……

脳裏に思い浮かんだそんな恐ろしい光景に、明子は身震いを覚え『実家から、野菜とかを沢山貰ってきちゃってね』とかなんとか、適当な言葉を添えて逃げた。


(詮索されるから、人付き合いって面倒)


しばらくは、彼女たちに不思議がられるに違いない。
そう思ったら、面倒だなあとため息がこぼれ、ついでに腹筋が痛んだ。


(情けなー)
(たかだか三十回の腹筋で、筋肉痛って……)
(弛み過ぎでしょ)


痛む下腹部にさすりつつ、いや、タルタルに弛んでいるんだったわと、明子は思い直した。


(むしろ、昨日の今日で筋肉痛なら、喜ぶべきよね)
(まだまだ若いって、証よね?)
(ウェルカム筋肉痛、だわよね?)


そう、自分を励ました。
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